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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)410号 判決 1969年5月22日

原告 ミツワ不動産こと 篠原とよ

右訴訟代理人弁護士 樋口光善

被告 後沢利夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

原告

「被告は原告に対し、金三六万円およびこれに対する昭和四三年一月三〇日から右支払済まで年六分の割合の金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決と仮執行宣言。

被告

請求棄却の判決。

≪以下事実省略≫

理由

一、≪証拠省略≫によると、原告は、ミツワ不動産の商号を使用する宅地建物取引業者であって、昭和四二年三月一日以降同業の免許を得ていた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二、原、被告間の本件不動産売買仲介契約成立の有無について判断するに、≪証拠省略≫によると、被告は、昭和四二年四月頃、ミツワ不動産を訪れ、原告の従業員斎藤慶典に対し被告の居住に適当な建物を代金四〇〇万円程度でしかも月賦で購入したいから、右条件に適合する売却物件を案内して貰いたい旨申し出たので、右斎藤慶典は、その頃から同年八月頃にかけて数件の売却物件を案内し家屋の図面を交付するなどしたが、被告は、その都度、資金面で難色があるから見送ると述べ、それ以上は進行しなかったこと、ところが、その後不動産の値上りが激しかったので、被告は早急に買求める気持になり、同年一二月三日、前記斎藤慶典に対し、買取希望価格を金五〇〇万円程度に引上げるが前と同様の条件の建物を捜してほしいと依頼したこと、そこで、右斎藤は、翌四日被告の妻を本件不動産などの物件に案内したところ、被告は右斎藤に本件不動産の代金支払方法につき被告の希望条件を売主が承諾するか否か調査の上報告することと本件不動産の図面の交付を求めたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

そして右認定事実によれば、原告と被告間に、同年一二月初旬頃、本件不動産売買につき仲介契約が成立したものと推認される。

三、原告主張のとおり、被告が本件不動産を原告を排除して売主から代金八〇万円で買受けた事実は当事者間に争いがない。

そして、宅地建物取引業者が、自己を排除して不動産取引契約を成立させた依頼者に対し、民法一三〇条によって自己の仲介により右契約が成立したものと看做して報酬請求権を行使できるためには、右業者排除行為が委任者の誠実義務に違反し信義の原則に反することが必要であり、買主が数人の仲立人に委任したときは、原則として、その全員に媒介の可能性を与えるべき誠実義務があると言わねばならない。

しかし、前記斎藤慶典が本件不動産の売却価額を金五〇〇万円と被告に告げたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、被告は、先に認定のとおり代金支払方法についての売主の意向の打診を求め図面の交付を受けたのちは格別原告から仲介を受けず、その後の昭和四二年一二月一三日、原告とは全く無関係に、宅地建物取引業者の訴外一之瀬光雄から本件不動産を価額四八〇万円の物件として提示されたので、右訴外人を通じて同業者の千代商事こと辻某の使用人馬場俊一、同業者丸一土地こと加藤一を介して前記争いのない事実のとおり本件不動産の売買契約を成立させたこと、訴外加藤一は、本件土地の売主大野昇からの依頼により、原告にも取引の仲介を依頼していたこと、同一不動産が異る宅地建物取引業者から異る価額で提示された場合依頼者がその事実を右業者らに告げると業者同志で通謀して高い方の価額に訂正されることが普通であるため、被告は原告にも本件不動産の仲介を依頼した事実を秘したもので、仲介手数料の節減を意図したものでもなく、現に仲介手数料として前記加藤と馬場に原告主張の報酬基準を超える合計二三万円を支払った事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

以上の事実からすると、被告が原告を排除して契約を成立させたことは、依頼者の誠実義務に反するものではないと解される。けだし、依頼者の誠実義務は仲介人の誠実義務に対応するものと解されるところ、仲介人は依頼人にできるだけ有利かつ迅速に契約を成立させるよう努力すべき誠実義務があるのに、その仲介人を仲介に加えることにより代金が高額となるか、成立の交渉が困難となるなど右仲介人が義務違反をなすおそれが大きい場合、それにも拘らず依頼者にその仲介人を排除しないことを求めるのは公平を失するからである。

そうしてみると、被告が原告を排除して本件契約を成立させた行為は信義則に反するものではないから、原告は本件契約をその仲介により成立したものと看做すことはできず、よって被告に対しその手数料を請求することはできない。また、右のとおりであるから、被告が原告の期待権を侵害したと言うことができず、よって被告は不法行為責任を負うものではない。

よって、原告の本訴請求はいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田殷稔)

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